Walking Pictures

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「メッセージ」はいかにして映像化不可能な原作を映画化したか?

この映画は時間について語る映画だ。

そして時間について語ることは、映画について語ることでもある。

映画は時間と不可分のメディアで、映画は時間から決して逃れられない。その意味で映画は写真や絵画また漫画などの静止画のメディアとは一線を画しているのだ。

目次

『メッセージ』(オリジナル・サウンドトラック)

 あらすじ

「彼ら」はいきなりやってきた。私たちの頭上に、世界中で同時に。12隻の宇宙船らしき存在は静止したまま、攻撃も通信もせずに地上すれすれのところで浮かんでいる。

「彼ら」の出現から一日が経ってわかったのは宇宙船の内部には生命体がいること、そしてその生命体が何らかの言葉か鳴き声を発生していることだけだった。

未知の言語の解読のため米軍が白羽の矢を立てたのは若き言語学者ルイーズ。果たして彼女は「彼ら」のメッセージを解読できるのか……。

映像化不可能と言われた原作小説

というわけで「メッセージ」を見てきた。最寄りの映画館は混み混みで、ぼくの観た回なんかは一時間前にチケット買おうとしたら最前列とその一つ後ろまでしか席が空いてない状態で、たまたま連れと一緒だったのでペアシートのチケットを購入。野郎と至近距離なのは不満ながらも、なんとか首を痛めずに鑑賞することができました。

監督は「ボーダーライン」「複製された男」のドゥニ・ヴィルヌーヴオシャレな名前だけあって毎回オシャレな映像撮りますねこの人。ブレランの続編まで任されちゃって。

主人公の言語学者ルイーズを演じるのはエイミー・アダムス、あともう一人の学者役でジェレミー・レナ―。なんかジェレミー・レナ―の防護服姿に既視感あるなと思ったら「ハート・ロッカー」だ。

テッド・チャンによる原作『あなたの人生の物語』はいわゆる“映像化不可能”作品。映像化不可能という言葉は、「映像にしてもつまんないからやめた方がいい」のカッコいい言い換えなんだけど、「メッセージ」はその映像化不可能の壁をあっさり越えてみせた。

あなたの人生の物語

あなたの人生の物語

 

 知っていると「メッセージ」がより楽しめる映画技法

この映画は古くから映画で使われてきたある技法を使い倒している。その技法とはとりもなおさず「フラッシュバック」フラッシュフォワードだ。

フラッシュバックは精神医学なんかでも使われる言葉なので意味を知らない人の方が少ないのかもしれない。「映画内に過去に起きた出来事を挿入する」のが映画における「フラッシュバック」だ。こちらはわざわざ例を出すまでもなく、多くの映画やドラマで使われまくっている手法。

そしてもう片方のフラッシュフォワードは、フラッシュバックに比べれば遥かに使われる頻度の少ない技法で、「映画内に未来に起きた出来事を挿入」することを指す。フラッシュバックが「登場人物の回想」の形をとれるのに対しフラッシュフォワードはどうしてもメタな編集になりがちで、そのため使用頻度も限られてくるんだろう。例として有名なのは「2001年宇宙の旅」の冒頭で猿人が投げた骨が軍事衛星に変わるカット。紀元前から2001年まで一気に時間をすっ飛ばす実に大胆なフラッシュフォワードだ。

導入にも書いた通り、映画は時間と不可分なメディアだ。映画が始まると一定時間に一定分だけフィルムが回って映像が進んでいく。時間が直線的に進むように、映画も基本的には直線的に進行していくのだ

けれど、映画監督は編集という魔法を使って疑似的に映画を直線的な時間から解放できる。その時に用いられる技法の代表が、フラッシュバック(またフラッシュフォワード)だ。

なぜぼくがわざわざこんな話をしたか、それは既に「メッセージ」をご覧になった人ならおわかりだろう。

ドゥニ・ヴィルヌーヴはこれらの映画技法を用い、「メッセージ」を時間から解放しようと試みた。そしてその試みは見事に結実している。その証拠にこの映画のフィルムは(いやフィルムで撮ってないと思うけど)、頭とケツをくっつけても成立するのだ。

言語学なんて全く映画に向いてなさそうな題材を取り扱った小説だから“映像化不可能”と言われたわけだけど、もう一つのテーマである「時間」はむしろ小説よりも映画だからこそ語り得ることだ。

だから「メッセージ」は映画として成立した。だから「メッセージ」はぼくたちの心を打つ作品になった。

合わせて読みたいSF小説

さて世間の評判もよろしい「メッセージ」だけど、ぼくとしてはもっともっと味を濃くしてくれたほうが好みだった。しかしそれは本当に個人的な嗜好の問題でしかないので放っておこう。

だけどぼくが「メッセージ」をやや薄味に感じたのは、たぶんSF小説をそこそこ読んできたからではないだろうか。実はこの映画がクライマックスで語ったようなSF的思考は『あなたの人生の物語』以外のSF小説でも既に書かれている。

この記事ではネタバレを避けたいので詳しいことはあまり書けないが、カート・ヴォネガットのSFは「メッセージ」の至ったSF的思考を更に深堀りしていると断言してもいい。

オススメは『タイタンの妖女』と『スローターハウス5』、どちらも彼の代表作だ。

タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫SF)

タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫SF)

 

 あとは「空にいきなりUFO」ものといえばやはりクラークの『幼年期の終わり』は外せない。

幼年期の終り

幼年期の終り

 

 ここで挙げた小説はどれもSFでは超超有名な作品ばかりなので、気になる人はシミルボンあたりで書評を読んでみてほしい。

あとがき

それにしてもこの映画、照明が独特じゃありませんでした? とにかく登場人物の顔に正面から光を当てようとしない。だから多くのカットで役者の顔が暗くてハッキリ見えない。「複製された男」も暖色系のフィンチャーみたいな感じの照明で特徴的だったし、この監督は照明に凝ってるんでしょうか。もしそうならブレラン続編は相当に期待できることになりますね、楽しみ楽しみ。

「メッセージ」、とにかくSFとしてもドラマとしてもエポックメイキングな映画なので、劇場に足を運ばれるのをオススメします。


映画『メッセージ』本予告編