映画のジジイはなぜ怖い?「ノー・エスケープ 自由への国境」評
空き巣に入ったら盲人のジジイに襲われる「ドント・ブリーズ」がヒットを記録したのはまだ記憶に新しいですが、またしても海の向こうから「怖いジジイ映画」がやってきました。
タイトルは「ノー・エスケープ 自由への国境(原題“Desierto”)」、メキシコからアメリカへと渡る密入国者と彼らを狙う一人の老人の逃走と追跡を描いた本作は、非常にシンプルな作りながらもエンタメ性と時代性の両方を兼ね備えています。
この記事では「ノー・エスケープ 自由への国境」がいかに面白い映画なのかを紹介すると同時に、サスペンス映画のニューウェーブ「怖いジジイ」とは何なのかについて分析します。
目次
あらすじ
16人の移民は摂氏50度の灼熱の大地を彷徨った。彼らの目的はメキシコからアメリカへの密入国。
しかし国境を越えた彼らを襲ったのは突然の狙撃だった。移民を狙うのは猟犬と共に「移民狩り」を行う一人の老人。狙われた移民らは次々と老人の凶弾に倒れていく。
自由の国を目指す主人公モイセスの逃走劇が幕を開けた……
アメリカ=メキシコ国境問題
「ノー・エスケープ」が国境を越えて密入国を行おうとする移民たちの映画であることからわかるように、本作が成立する前提となっているのはアメリカ-メキシコ間の国境問題です。
3200キロもの広大な国境は警備でカバーするのが難しく、経済状況などの事情でメキシコからアメリカ側への不法入国を行なう者は少なくありません。また国境を越えての麻薬密輸も問題となっており、だからこそトランプは「国境沿いの壁」建設を声高に唱えたわけです。
アメリカ=メキシコ国境には当然国境警備隊もいますが、公式の警備隊だけでなく武装して自警活動にあたる自警団も存在しているのが現実です。
「ボーダー・ライン」や「カルテル・ランド」(ドキュメンタリー映画)など国境問題や麻薬密輸を題材にした映画は過去にも制作されているので「ノー・エスケープ」と合わせて鑑賞してみるのもいいでしょう。
砂漠版「ドント・ブリーズ」
\砂漠版『ドント・ブリーズ』!/
— アスミック・エース (@asmik_ace) 2017年4月28日
―Daily News
『ゼロ・グラビティ』のスタッフが放つ、
呼吸すら忘れる緊迫の88分間!
『ノー・エスケープ 自由への国境』
5/5(金・祝)全国ロードショー! pic.twitter.com/AbrYlotQ4v
主人公ら密入国者を襲うのは、ライフルを持った老人とペットの猟犬です。本作のストーリーを限界まで要約して表現するならば「ヤバいジジイと犬から逃げる映画」という他ありません。
そうです、「ノー・エスケープ」はほとんど「ドント・ブリーズ」と同じ内容なんです。
しかしながら、暗い密室内での逃走劇を描いた「ドント・ブリーズ」に対して本作が用意した闘争の舞台はとにかく明るくてだだっ広いアメリカ=メキシコ国境。「ドント・ブリーズ」が舞台に選んだ一軒家を徹底的に利用したのと同じく、「ノー・エスケープ」もまたアメリカ南部の広大で荒涼とした風景を画面作りに活かし切っています。
閉じた場所での逃走と、開けた場所での逃走、両作ともにジジイから逃げる点では共通していながらも舞台設定は真逆になっているんですね。
映画のジジイはなぜ怖い?
「ドント・ブリーズ」で主人公たちに襲い掛かるのは盲いた老人ですし、本作の追跡者もまた孤独な老人です。
両作のジジイ像を分析してみると思いのほか共通点があることがわかります。
- 孤独である
- 人を殺すことに躊躇しない(精神に異常をきたしつつある)
- 人間的な感情もあり、一部の対象(犬や自分の娘など)には愛情を感じている
注目して欲しいのは、2人の老人は共に「殺人への躊躇いはないが、人間的な感情(愛情)を完全に失ったわけではない」ことです。
彼らは単なる殺人マシーンやモンスター(エイリアンやジョーズ、ターミネーター)つまり生まれながらの殺人者ではないのです。
「ドント・ブリーズ」のジジイは愛娘の死を引き金に狂っていったと映画内でわかりますし、本作のジジイもまた明確な理由こそ明かされないものの何らかの外部的要因から移民狩りをするようになったのが読み取れます。
感情のない怪物よりも、感情を持ちながらも殺意を抱いている人間のほうが恐ろしい。だからこそ「ドント・ブリーズ」と「ノー・エスケープ」のジジイは観客を震え上がらせるのではないでしょうか。
そこまで政治色は強くない
メキシコ国境問題を題材にしているのが広告の段階でわかるので、本作をポリティカルサスペンス・政治的な映画だと思われる方もいるでしょう。
しかし、「ノー・エスケープ 自由への国境」が88分の尺を使い語ろうとするのは純粋な逃走劇です。
冒頭の状況設定ではこの映画が不法入国者の物語だと示されますが、老人の狩りが始まった瞬間、本作から政治や法律などの机上の論理は全く消失してしまいます。スクリーンで行われるのはプリミティブな命のやり取りであって、そこに政治的意味合いはほぼ存在しないといってもいいくらいです(でも提起すべき問題はしっかり、かつさりげなく提起されていて圧巻)。
だからこそ、本作は国際問題なんかに何の興味もない方でも見に来て欲しい映画なんです。「ドント・ブリーズ」が楽しめた方ならまず間違いなく「ノー・エスケープ」はオススメできる作品になっています。
あとがき
ゴールデンウィークにもかかわらず私が観た回はほとんど人の入ってなかった本作ですが、エンタメ性も高い本作はもっと多くの人に観られてもいい映画のはずです。
国境問題という現代的な題材が扱われている以上、宣伝時に政治的なメッセージ性が前面に出てしまうのは仕方ないのですが、興行のことを考えたら本作のエンタメ性をもっと押し出すべきだったんじゃないかなぁ……
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