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神山監督の著書から読み解く「ひるね姫」、ネタバレなしレビュー&感想

何を隠そう私をアニメ、ひいては映画を筆頭とした映像コンテンツにのめり込ませるきっかけとなったのは「攻殻機動隊S.A.C.」でした。

士郎正宗の原作版と押井映画版の二作を踏まえて作られた新たな攻殻は前者二作に比べ飲み込みやすく、それでいて現代社会を風刺していた画期的なテレビシリーズでした。

その「攻殻機動隊S.A.C.」の神山健治監督が手がけた初劇場オリジナル長編アニメ「ひるね姫~知らないワタシの物語~」の公開が3/18より始まりました。

そして本作の公開と同時期に、神山監督の著書『映画は撮ったことがない ディレクターズカット版』(過去の著作の新書版)も発売されています。当書では神山監督の映画論が語られており、この本に記されている神山監督の映画作りのハウツーは「ひるね姫」でも適応されています。

そこで、この記事では『神山健治 映画は撮ったことがない』の内容を踏まえ、「ひるね姫」がいかに名作かということをネタバレ無しでまとめます!

(ちょっとだけ本編に言及するので気になる方は注意!)

目次

ひるね姫 オリジナルサウンドトラック

 

あらすじ

父親と二人で暮らしている女子高生森川ココネ、彼女は最近自分に似た少女が登場する不思議な夢をみるようになっていた。

2020年東京オリンピックの三日前、父は突如警察に逮捕されココネの元から消えてしまう。父が残したのはサイドカー付きのバイクと一台のタブレット端末だけ。

ココネは父を陰謀から助け出すため、幼馴染の大学生モリオと共に東京へと向かう。

旅の途中徐々に明らかになる森川家の裏事情、謎を解く手がかりはココネのみる夢だった……。

疑問と答えの連続

映画は撮ったことがない』でまず初めに語られるのが、「疑問と答え」という話。

神山監督は面白い映画とは“疑問と答えが絶妙なタイミングで提供されてくる”ものだと言います。疑問とは劇中の謎に対して観客が「犯人は誰?」とか「どんなトリックを使ったの?」などと感じることであり、答えとは観客が感じた疑問の解答が提示されること。つまり「なんで?」と「なるほど!」をテンポよく繰り返すのが神山監督にとっての面白い映画ということなのでしょう。

さて、「ひるね姫」では現実と夢という二つの層が作品を形成しており、ストーリーは夢と現実を交互に行き来しながら進みます。

私は本作における現実と夢は、映画における疑問と答えの関係性と対応していると考えました。

劇中でココネが見る夢は、現実世界で繰り広げられている事件をファンタジックにデフォルメしたものです。言い換えれば「ひるね姫」は、現実世界で繰り広げられるややこしい話を寓話化された夢の世界で解説しているのです。

そして本作は、夢のシーンを現実のシーンより先に見せるという倒叙的な構成で、「疑問と答え」の二層構造にさらに捻りを加えています。答えを見せてから、疑問を見せているんです。

鑑賞していて「夢の世界のあのシーンは、現実のシーンのここに繋がってたんだ」という発見が定期的に訪れるのは本当に気持ちよかった。これこそプリミティブな映画的快楽というものです。

「普通」の主人公の物語

本作の主人公は岡山に住むただの女子高生。彼女は別に機械いじりが上手いとか、頭がいいとか、脳以外が機械でできていてむちゃくちゃ強いとか、そういった特殊能力はほぼ持っていません。ココネの特殊能力は唯一「不思議な夢を見られる」ことだけです。

普通の主人公を主人公にした作品をつくることについて、監督は自著で意見を述べています。

神山「僕の好みでいえば、すごく個人的な動機が大きな問題にリンクしていって、個人的な動機が解決し、結果として巨大な問題を照射するっていう構造の作品が好きなんです。以下略」

監督の言う通り。ただの女子高生ココネは父を助けるという個人的な問題を追ううちに、結果的に日本全体に関わる問題へとコミットすることになります。

共感を誘い、観客をストーリーという乗り物に乗せ、最終的には社会への問題提起まで持っていくとい手法は「S.A.C.」の頃から培ってきた神山監督お得意の手法です。

そういう意味でも「S.A.C.」好きな人は絶対見た方がいい映画なんですよねぇ。

 

誤解による展開

次に『映画は撮ったことがない』から引用するのは、監督が「誤解による展開」と表現するテクニック。

「誤解による展開」とは何ぞや? これを説明するのに一番わかりやすいのはいわゆる「志村後ろ」の話です。

舞台で演じている志村けんの背後には、何らかの危険が迫っている。しかし当の本人はその危険に気づいていない。気づいているのは見ている観客だけ、観客は危険について志村に伝えたくて「志村!後ろ後ろ!」と叫んでしまう。

映画で例えるなら、「ジョーズ」で背後から迫るサメの背びれとそれに気づかず泳いでいる女性の関係が「誤解による展開」を生み出しています。

このテクニックの効果は志村後ろの例を見れば一目瞭然で、「志村後ろ!」と言いたくなるほどに観客のエモーションをくすぐるのです。

もちろん「ひるね姫」でも「誤解による展開」は使われており、注意してみれば至る所で監督がこの技法を駆使し映画に「構造」を構築しているのがわかります。

欠落の獲得

映画を映画たらしめる最大要素として神山監督が語るのが「欠落の獲得」。

欠落とはすなわち、「2001年宇宙の旅」で録音されていたにもかかわらずあえて外された説明のナレーションであり、「ジョーズ」において背びれ以外はなかなか姿を現さないサメの姿であります。

では「ひるね姫」で、欠落はどのように獲得されているか。それは重大なネタバレになってしまうため当記事では書くことができませんが、「ひるね姫」ではストーリー上重要なある出来事が直接的には描かれていません。

しかし直接的にこそ描かれていないものの、その出来事は映画を見ている私たちの頭の中で「行間(サブテキスト)」として現れるのです(その出来事とは何か、気になる方はエンディングを注意して見てください)。

映画は撮ったことがない ディレクターズ・カット版

映画は撮ったことがない ディレクターズ・カット版

 

 まとめ

神山監督は自身の初オリジナル長編アニメーション作品を、確かに「映画」として作り上げてみせました。本作はこれまでの神山作品の集大成のような映画でもあります。

「なーんか子供向けっぽいし見に行かなくていいや」

とか思ってるそこのあなた!(そして先週までの私!)

ひるね姫」はパッケージこそ子供向けっぽく作られていますが、内容は十二分に大人の鑑賞に耐える、いやむしろ大人向け映画です!(デフォルメされた映像のおかげで子供も楽しめるけど、ストーリーはたぶん中学生以上じゃないと理解できない)。

「S.A.C.」や「精霊の守り人」にドハマりしたあなたは見に行く義務があります! 見に行かない奴は神山王国の名をもって罰金です。

そして鑑賞後はぜひぜひ『映画は撮ったことがない ディレクターズカット版』も読んでみてください。新書版になるにあたり、庵野監督との対談も掲載されていてお得ですよ。

最後に神山監督、公開日から一週間以上経つまで「ひるね姫」の魅力に気づけず、本当に申し訳ありませんでした! サーセン

 

おわりっ!