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「最後の追跡」は西部劇初心者にこそ見てほしい激シブ映画だ!

地平線まで続く何もない荒野。さびれた町、照りつける太陽。そして保安官とインディアン。古典的ジャンルである西部劇を、どこまでもプリミティブな形で現代に蘇らせた傑作、それが最後の追跡だ。

 

Netflixオリジナルコンテンツが4作品もノミネートされた89回アカデミー賞

この記事で紹介する最後の追跡は、残念ながら受賞までは至りませんでしたが、今作の持つ根本的な地味さを考えればノミネートされただけでも善戦と言えるでしょう。

もくじ

あらすじ

テキサスの田舎町で暮らす兄弟、タナ―とトビー。彼らには親から受け継いだ牧場があったが、膨らんだ借金のため牧場は今にも差し押さえ期限が迫ろうとしていた。

借金を返すため強盗を繰り返す兄弟、彼らを逮捕するために動き出したのは定年前の老レンジャーと、その相棒(ネイティブアメリカン)だった。

テキサスの広大な大地を舞台に2対2の追跡劇が幕を開ける……。

貧困がテーマなのか? 格差の固定化の話なのか?

政治色漂う89回アカデミー賞の文脈で「最後の追跡」を語れば、貧困・格差についての話は避けられません。現状ネットなどで見るこの映画の感想にも、貧困問題への言及が多く見られます(あと人種についての話題も本筋ではないがちょくちょく出る)。

確かにこの映画は借金が払えず、やむにやまれず銀行強盗をはたらく話です。

トビー(クリス・パイン)が劇中で検問に止められた際に口にする、「ここしかなかったんです。どの道も通行止めで」という台詞には明らかに貧困問題を示唆する含みがあります。

しかし、貧困というテーマに目が行き過ぎると「最後の追跡」の他の魅力を見落としてしまいます。

今作は地味です。でも地味でもいぶし銀の輝きがあるんです。目立つテーマに注意をとられて、その輝きを見落としては損というものです。

もっとも、シンプルなシナリオに現代的テーマを違和感なく組み込んだことは称賛に値しますし、脚本の手腕に惚れ惚れします。

テキサスという異世界

最後の追跡」を鑑賞する際は、事前にロサンゼルスやらニューヨークやら、華やかな都市が舞台の映画を見ておくことをお勧めします(ちょうど「ラ・ラ・ランド」もやってることですし)。

人間が自然を支配している都市と、むしろ自然の中に人間が住まわせてもらっているという印象のド田舎のコントラストは日本人の僕には鮮烈な印象を与えました。東京と島根の違いなんて、ニューヨークとテキサスの差に比べれば目くそ鼻くそですよ。

地平線までひたすら広がる荒野、本当に何もない。地面と草だけ。そして荒野に一本だけ道路が敷いてあって、そこを一台だけ車(埃まみれでボロい)が走っている光景は抽象度が高すぎて言葉を失います。

もちろんこのような映像は過去の映画でも見られるものではあります(「テルマ&ルイーズ」なんかが特に近い。映画の内容も)が、洋画を見慣れない方にとっては非常に新鮮な映像体験であることは間違いありませんし、見慣れていても何度でも楽しめる強烈な映像でもあるのです。

汗臭い女っ気ゼロの男泣き映画

もうほとんど女性が出てきません。

出てくるのは離婚したトビーの元妻(ガリガリってわけでもないのにすごい不健康そう)とか、まるまる太ったメキシコ人ウェイトレスとか、腕の肉のつき方が変なおばあちゃんとか、ことごとくセクシーでもキュートでもない女性だけ。

そして主役である男たちの絡みは泣かせます。最後の追跡」は主演兄弟のコンビと、彼らを追うレンジャーのコンビという2組のドラマをじっくり描いています。

ダメ兄貴のタナ―(ベン・フォスター)としっかり者の弟トビー、彼らは罵り合いもしますが、お互いを誰よりも理解しています。

そしてそれは定年前のレンジャーマーカス(ジェフ・ブリッジズ)と、ネイティブアメリカンの部下アルバート(ギル・バーミンガム)でも同じです。上司であるマーカスが次々と口にするインディアンギャグに苦笑しながらも、相手をしてやるアルバート

デリケートな人種の問題すら気軽に冗談にする無神経さは、そのまま彼らの信頼関係を象徴しています。

ベタベタするでもなく、互いに無関心なわけでもない、男の友情ってこういうモンですよねぇ。

シブいぜ、ウマいぜ、スゴいぜ監督!

何度も言いますが「最後の追跡」は地味~な映画です。アバンタイトルを除けば映画開始1時間の間、カーチェイスもガンアクションもほとんどありません。

ではその一時間は何に費やされているかと言えば、追跡劇なんですけど、まあこれが緊張感がない。捜査をするレンジャーコンビは、およそ兄弟にたどり着けません(テキサスが広すぎるし、人員も足りないから)。

ですが今作は製作に失敗したから緊張感に欠けているのではありません、わざとユルユルな展開にしているんです。

でも緊張感が無いからといって映画的面白さに欠けるわけではなく、しっかり画で魅せてくれます。

特にロングの長回しはシブい!

野火で一面燃え盛る荒野に、遮るもののない大空に浮かぶ雲(この雲まったく動かずカット中静止したままなのがカッコいい!)

日本に住む僕らからすれば、もうファンタジーですよこの映像は。

そして一番驚愕したのはオープニング開けのカット。

強盗が終わって自分たちの牧場に帰ってきた兄弟が映っている。トビーはクレーン車に乗っていて、タナ―は強盗に使った車のそばにいる。

「なんじゃこの映像は?」と思ったら次の瞬間、トビーが車を押す。

すると死角になっていた場所に穴が掘ってあり、穴に車が落ちる。車が落ちるや否やトビーはクレーン車で車ごと穴を埋め立て……。という証拠隠滅を描いたカットだったんですね。

ロングで牧場の風景を見せつつ、しっかりカット単位のオチもつける。うまい!

まとめ

エンターテイメント映画として「最後の追跡」を見るとどうしても、アクションもサスペンスも女っ気(色っぽさ)も分量不足です。

ですがアクションとサスペンスはクライマックスで質的に十分な満足が得られます。溜めに溜めただけのカタルシスがラスト20分で強烈に襲い掛かってきます。

エンタメのメソッドに頼ることは決して悪ではありません。ですがデヴィット・マッケンジー監督が、ハリウッド映画にありがちな安っぽい(より悪く言えばバカっぽい)映画の盛り上げ方を多用せず、このような上質な作品を仕上げたことは拍手をもって称えたくなります。

日本ではNetflix配信のみで、劇場で鑑賞できないのが残念ではありますが、ぜひご家庭でご覧ください。